縦割り省庁最優先では、政治はできないぞ。

前川さんの反乱というのは、要するに、内閣府が縦割り省庁の硬直した事業のやり方を「規制の壁」と見立て、それを壊して弾力的な政策を行おうとすることに対する、組織を挙げての抵抗活動であるようにみえる。

マスコミの証拠探しは、既得権構造とこれまでのやり方を死守しようとする各省庁の、見方をしているだけのこと。一方で規制改革と言いながら、その実は「既得権構造」と「縦割り省庁」にべったりで、見てくれだけの批判しかしてないという、マスコミの金儲け主義、ええかっこしい、内股膏薬、虎の威を借りる狐ぶりが、あからさまに露呈している。

どうしてこの件、まともに報じるマスコミがないのか、理解に苦しむ。またまだ儲けたりないから、煽るだけ煽って国内を混乱させて、もうどうしようもないというところまで政権を追い詰めて、倒閣して政治的な混乱を生じさせた後で、「実は。。。」というシナリオなのだろう。どう考えても、国を弄ぶ、無責任な行為だ。豊洲市場騒ぎごとき可愛いもので、この誤ったキャンペーンによる経済的損失は、どのくらいになるのだろう??

内閣府が弾力的に政策を実行しようとして、各省庁の頭を繋いで調整し、文科省に言うことを聞かせようとしたら、既得権を守るために、今までの政策と、今までの枠組みに基づいたデータを根拠に、徹底的に反抗した。私財をかけて熱心に仕事してた前川氏が、たまたま事務次官だったことが、実に災いした。官僚は政治家ではないから、個々の政策について自分の思惑を反映させてはならない。それができるのは政治家だけというのが、民主主義の基本。内閣府は政治的意思決定をもとに、縦割り省庁の牙城を崩そうとしたわけだ。

そこに、文科省行政命の、前川氏が反抗した。そういう構図だ。

で。。。菅さんの前川批判は、官僚のステロタイプに基づいて、断片的情報をつなぎ合わせて人格攻撃をしたわけだが。。。この種の話というのは、官僚批判ではよくあることで、前川さんとしては不本意かもしれないが、「厄介ごと」を効率的に処理したい政治家としては、普通にあることだ。裁判だって警察だってそうで、いかに偏見に満ちた物言いをしても、法的に間違った解釈をした言葉を吐いても、絶対に謝らない。つまり、自分がどれだけ良いことをしていても、知らない人はステロタイプで見る。これは避けられない。マスコミさんは前川さんを被害者にして、菅さんを批判しているが、マスコミさんが間違った報道をしたときに、きちんと謝罪して損害賠償をしているのか??私の知る限り、あったとしてもごくまれだ。基本的にバックレる。そういうマスコミが、前川氏の言葉を根拠に菅さんを批判するというのは、「目糞鼻糞を笑う」と同じ、ハズカシイことではないか。

各省庁の様子をわかっていて、調整を図って、特区制度を利用して、各省庁の頭ごなしに政策を実施する、有能な官僚を名指しで批判するというのも、正気の沙汰ではない。これはつまりは、従来の縦割り行政が万能と言っているのと同じことだ。だったら、どうして日本は今のように落ちぶれてきたのかね??経済的に衰退してきたのかね??いろんなシナリオがあるのなら、それを内閣府に伝えて、他の省庁との調整をやってもらって、スピーディーに実行する方が、国民のためになるんじゃないの??前川氏の言葉によると、そういうことをする人こそガンだということだが、私にはそうは思えない。実は縦割り行政しかない日本において、とても貴重な人材じゃないか、とおもうのだ。

日本では、省庁の頭はいても、国の頭はいない。誰に話をしたらいいのかわからないというのは、とても有名な話。前川氏は、その状態を前面肯定した上で、その頭としてやるべきことを考え、模範的な人材であろうとした。しかし、全省庁をコントロールする役所ができ、人材が現れた時に、自分の思い通りにならなくなったことを理解した。だから、内部文書を暴露してまでして、マスコミを味方につけて国政を混乱させてまで、反抗した。縦割り省庁こそ絶対で、それを統括する役所を置くことは悪だと、国民に印象付けようとした。しかし、それは、前川氏の正義・マスコミの正義にしかすぎず、国民の利益になるわけではない。前川氏はその恩恵にあずかることはないだろうが、前川氏が反抗することで文科省天下り先・既得権が守られ、それにより利益を得る人は多かろう。だとすれば、前川氏が守った既得権を活用した人が、退官後の前川氏を優遇するポストを作るのは、当たり前にあるわけで。。。そうなったときに前川氏が固辞するとは思えない。

で。。。ことは特区制度の問題点にまでいたっているが、、、この点が「不勉強でバカで間抜けで取材対象の言葉を鵜呑みにして、国民の生活に何の責任も持たず、自ら矛盾した行動をし・言説をはいても恥じることが全くない」マスコミの、無責任な問題提起の極致だ。

マスコミに問いたい。内閣府の調整役の何某が、どういっても内閣府主導の政策の実施や、特区制度の仕組みに反対して獣医師会の言いなりになっている前川氏を屈服させるために、「特区制度を活用した政策を実施して実績を上げるために短期間で具体的な事業を行う」ように指示した安倍さんの言葉を、「加計学園獣医学部開設」に特化して作文したとしても、何の問題があるのだろう??手を挙げたのが京都と今治の二つだったら、どっちが特区制度の目的に沿うかといえば、衰退している今治市に決まっている。それを、東京の論理で、京都にすべきだったというのは、大都市の傲慢だ。

そういう大都市の論理を振りまわすマスコミさんは、地方の衰退に対し、どのような具体的なアイデアを持ち、どのような責任をもって具体的な政策を提言できるのか??なにもできんのでしょ??前川さん個人の擁護はともかく、縦割り行政こそ正義みたいな報道しながら、規制緩和・規制改革・迅速な政策実行とか、しがらみを離れた効果的な政策実現なんて、できるのかね??これだけ矛盾した報道をしながら、自分は正義の味方、常に正しいなんて顔をしているのが、あつかましいというか、破廉恥というか、バカまるだしというか、金儲け主義露骨すぎというか、およそ批判・非難の言葉が見つからないくらいだ。

前川さんがどれだけ文科省の行政に情熱をかけていたかは評価されるべき。しかし、それと国レベルの問題は別のことだ。そして、官僚の作文と首相の意図とは、別のレベルの問題だし、内閣府が各省庁を調整して政策を実行しようとしたとき、政府が各省庁に関わる既得権を整理しようとしたときに文科省が反抗したことが是か非かはきちんと議論されるべきだろう。政策の妥当性について、あーでもないこーでもないと多方面から検討して、それをクリアしたもののみが実行されるべきとか言う話もあるが、そのために政治的意思決定が遅れに遅れるとしたら、その遅れ分のコストと労力を負担して余りある事業主体しか申請そのものができないことになり、それは一見公平公正に見えて、特定の事業主体に利益が集中する構造しか、マスコミが認めないということになる。

と考えれば、、、長期的にマスコミに利権を保障してくれるような、財力としがらみと既得権を持っている事業主体にしか、国の税金を使わせるべきではない、というのが、マスコミの総意ということになるのかもしれぬ。国民は、納税者は、そうしたマスコミの欺瞞をきちんと見据えたうえで、冷静な判断をしていく必要があるだろう。

表現の自由とか報道の自由とかいうけれど、マスコミ自体も「もうけ主義」の論理の下、ヒステリックにはしゃぎまくっているだけにすぎない。まるで、目の前に出されたテストについての解答を、必死になって書いている受験生のようなもので。。。出題者や出題の意図など考えていないというわけで。あの人たちは、自分たちがやっていることがどういう意味を持っているかをマクロ視点で見る能力に本質的に欠けている。枝葉末節についてはこだわるけどね。

そういう人たちの無責任な言動に、いたずらに影響されないようにしたいものだ。

支持率急落、自民「厳しい」